2009年06月29日

憲法における自由主義ないし人権保障とは

憲法における自由主義ないし人権保障とは、国家から侵害を受けないことを意味する。そして、人権が不可侵のものとして保障されている以上、国家は人権を制限できない(国会は人権を制限する法律を制定できず、行政権は人権を制限する行為ができない)のが原則である。

しかしそれでは、例えば通貨偽造を犯した者を処罰することもできず、他人の名誉を毀損する言論を制限することもできず、およそ近代国家は成り立ち得ない。そこで、一定の場合には人権を制限できる(国会は人権を制限する法律を制定できる)とすべきとの価値判断がなされる。

人権を制限できる場合としては、「憲法が特に認めた場合(18条等)」があるが、それ以外にも一般に「公共の福祉」12条を根拠に制限できるとされる。
ダイエット日記に挑戦
スキューバダイビングを楽しむ生活を!
ゴルフパークへようこそ!
おもちゃの小部屋
スターライトのカーマニア
ガーデニングの箱
かわいいネイルでオシャレ
キャリアセンターのカッパさん
キャンプねっと。ファミリー特集!
おしゃれな女性ファッション
クチコミグルメランキング
くるくるクーポン情報
ゴルフに連れてって!
てのひらでDVDポータルぴあ
とっておきのアウトドアスポット
マーメイドの観光農園視察
インターネットストーリー
マイホームの掃除術伝授
ママの携帯電話アリーナ
モデルのポンポン活動報告
ルーキーのグルメ食べ歩き!
仮面自動車視察ツアーの案内

公共の福祉を根拠とする人権制限
公共の福祉を根拠に人権を制約できるとされる場合、どのような基準・範囲で人権を制限できるか、すなわち「公共の福祉」の意味については争いがあり、22条や29条のような明文がある場合に限って制限できるとする説もある。しかし、通説は、すべての人権について制限が可能と解しており、その理論構成として「公共の福祉は各個人の基本的人権の保障を確保するため基本的人権相互の矛盾・衝突を調整する「公平の原理」であり、したがってすべての人権について制限できる」との論旨を主張している。(一元的内在制約説)(一定の場合には国家はすべての種類の人権を制限できるとすべき との価値判断が最初にあり、その条文上の根拠として「公共の福祉」が用いられ、公共の福祉とは…公平の原理である とする解釈が採られる) このように、公共の福祉を人権相互間の調整原理であると考えることによって、制約はすべての人権に内在するものという結論を導くことになる。そこで、「公共の福祉」という語は明文上、12条、13条、22条1項、29条2項にしかないものの、すべての人権が「公共の福祉」により制約され得ることとなる。

但し、そこでは制限目的の合理性と制限手段の合理性が必要とされ、これらの合理性がない立法は立法権の裁量を逸脱し違憲とされる。但し、制限目的や制限手段の具体的限界や司法審査における判断基準(合憲性判定基準/違憲審査基準)は、権利の性質によって異なる。

2009年06月12日

知的エージェント(知的ソフトウェアエージェント)の設計は

知的エージェント(知的ソフトウェアエージェント)の設計は、人工知能研究の一分野である。

知的エージェントは以下のような能力を有する:

適応(adapt)能力
適応には、環境を把握することと反応を再設定することが含まれる。問題解決ルールやアルゴリズムの代替案を選択したり、新たな問題解決戦略を発見することで適応がなされる。適応には、プロセッサや記憶装置といったリソースを確保するなどの能力も含まれる。
学習能力
学習は試行錯誤によってなされ、前提として成功・失敗の判断とその分析能力を備えている必要がある。別の方法として、例示と一般化による学習もあり、実例を抽象化し一般化する能力を備えている必要がある。

自律エージェント [編集]
一部のソフトウェアエージェントは自律的であると言われる。自律エージェントは、自己充足的であり、観測された環境に基づいて内部目標を達成するための行動を独自の判断で決定することができる。ただし、このような言い方は物議をかもしている。なんとなれば、全ての重要な仕事を行うソフトウェアエージェントは、ユーザーに起動された後も監視され、その動作にユーザーが手を出し、必要になれば停止させられるものだからである。
頭痛
オーパーツ
社交ダンス
惑星
ラフティング
爬虫類
キャンプ
流鏑馬
犬ぞり
華道
日本の建築
家電の昔
江戸の歴史
湯・茨城
湯・山口
安土桃山時代
湯・長崎
裁判所について
アリさんの一日
カラオケ・ばんばん

分散エージェント [編集]
エージェントは自己充足的であるため、複数のエージェントを疎結合させて分散プロセッサ群の上でマルチスレッドのように動作するよう設計するのも簡単である。これを分散エージェントと呼び、分散コンピューティングの一種と考えることができる。エージェントのコードは分散処理にうまく適応させやすいので、スケーラビリティも良好である。

マルチエージェントシステム [編集]
複数のエージェントが相互作用を及ぼしながら動作するシステムをマルチエージェントシステムと呼ぶ。そのようなエージェントの性格上、1つのエージェントが目標達成に必要な全機能や全データを持たない(視点が制限されている; limited viewpoint)。したがって他のエージェントと協力する必要がある。また、全体を統括する機能は(ほとんど)ないので、これを一種の群知能システムと見ることもある。分散エージェントと同様、データは分散配置され、実行は非同期である。先駆けとなった概念として「分散人工知能」や「分散問題解決」がある。

モバイルエージェント [編集]
エージェントのコード自体がその実行状態(コンテキスト)と共に別のプロセッサに移動して、そこで実行を継続する。モバイルエージェントは「モバイルコード」とも呼ばれる。

ファジィエージェント [編集]
ファジィ論理を使用したエージェント。

エージェントではないもの [編集]
エージェントとは何か、あるいは何でないかを述べるのは、あまり有益ではない。しかし、関連する用語と対比させることでその意味が明確化される部分もある。

2009年06月07日

インサイドユニットと呼ばれる部分と、それを収納

インサイドユニットと呼ばれる部分と、それを収納するケースから成る。

その形状は現代に連なる製品では長い間変化していないため、これが愛好者筋の好む要素ともなっているが、その初期においては1932年の最初期の製品から1934年のモデルで1/4インチ高さが低くなっているほか、1939年には現行の主要モデルに見るような蓋上部が丸くせり出したモデルが登場している。角型モデルとも呼ばれる発売以降1941年までのものは、製品が手作業で作られていたため個体差があったほか、1936年まではヒンジ部分は外付けとなっているため、このヒンジを中付けすると元々のインサイドユニットが納まらないという構造上の違いがある。

インサイドユニットの内部に収められている綿球(レーヨンボール)にオイルを吸収させ、ウィックに毛細管現象によって吸い上げさせ揮発、気化させる。フリント(発火石)とフリントホイール(回転するやすりドラム)との摩擦から発せられる火花によって引火着火する。火はフタを閉めれば、酸欠によって即座に消える。インサイドユニットは基本的に1941年より後のレギュラーサイズのジッポーライターで共通化されている。つまりインサイドユニットは同じ機能を持つため、モデルや販売価格による着火性や動作など性能の差はない。なおレギュラー以外には、卓上型とスリム型があるが、卓上型では専用ユニットを使うモデルも過去の製品に見出される。

ケースは、インサイドユニットを収納するボトムケースとリッドと呼ばれるフタより構成され、ヒンジ(蝶番)で結合されている。リッドの内側には板が取り付けられている。この板とインサイドユニットに取り付けられたカムが接触することによりスムーズな開閉を実現すると共に、ジッポーライター独特の金属的な開閉音を響かせる。

ケースの材質は真鍮が基本で、デザイン性、意匠性を高めるため表面にクロムメッキなどが施される。またケースの材質には真鍮以外に、金、銀 (Sterling Silver) 、銅 (Copper) 、チタン (Solid Titanium) 等が使われるモデルも存在する。また過去には、鉄、ニッケルなどで製造されたモデルも存在する。
観光 豊胸 在宅 クレジット SOHO 葬儀 審美歯科 事務用品 リフレ 不用品 教材 遊園地 資格 関東 フレグランス 動物園 プチ整形 キャッシング リフォーム 弁護士 育児 老人 仏具 精神医学 結婚 検定 交通 専門学校 中国四国 コスメ 金融 ネイル 香水 開業 引越し 在宅 出会い 老人 乗物 園芸 美容 海外留学 宿泊施設 エイジ 地域情報 フレグランス 調査 防犯 老人 運勢


ケースの底面には、一部のモデルを除き、1957年よりイヤーコードと呼ばれる記号が刻印されており、これにより製造年が判別できる。このイヤーコードは当初、点や線で構成されていたが、1982年より平行してアラビア数字表記のものが登場、1985年からは同じく並行してローマ数字で記載されたモデルも出ている。1986年からはA?Lの12文字で現された製造月も刻印されている。1936年後半から1967年のモデルまではパテント番号が刻印されていたが、ジッポーのパテントが切れた同年8月1日以降の製品ではこの刻印が省かれた。ただし1980年代よりのレプリカモデルでは一部にこの(古い)パテント番号が記載されているものもある。

2009年04月24日

ジャクソンの行動には国際的

ジャクソンの行動には国際的な反響があった。国務長官のジョン・クィンシー・アダムズは、ちょうどフロリダ買収のためにスペインとの交渉に入ったところであった。スペインは、西フロリダの侵入と占拠に異議を申し立てて、交渉を中断させた。スペインにとっては、合衆国に報復するか、または無理矢理西フロリダを取り戻すしか手段がなく、そのためアダムズは、スペインに抗議をさせて、続いてイギリス、スペイン、およびインディアンとの戦争を非難した72もの関連書類と共に公式文書を発行した。公式文書では、彼は、西フロリダの占拠の件も謝罪し、スペイン領地の占領がアメリカの方針でないと言って、セントマークスとペンサコーラをスペインに返すと申し出た。スペインはこれを受け入れて、結局、フロリダ買収のための交渉を再開した。

健康・健康関連スキンケアCOM
信託・建売関連ビジネスビジネス紹介
セキュリティ・クレジット関連快適生活ナビ
介護・精神医学関連健康家族サーチ
リンネソウプライムショッピングガイド
イーダッシュ教育ジャンプCOM
動物園・交通関連国内旅行特集COM
脂肪吸引・理容関連キレイ・美容全国情報ガイド
内職・調査関連ビジネスワールド紹介
運勢・結婚関連生活雑貨情報

イギリスはアメリカ合衆国領土に一度も入らなかった2名の処刑について異議を申し立てた。過酷な報復と賠償金の話がイギリスで起こった。アメリカはイギリスとの新たな交戦を懸念した。結局イギリスでは、経済上アメリカ合衆国がどれだけ重要であるかを知り、良い関係を維持することが選択された。

アメリカ国内にも反響はあった。議会の委員会は、アンブリスターとアーバスノットの軍事裁判の、規定外の結果について公聴した。ほとんどのアメリカ人がジャクソンを支持したが、ある者は、ジャクソンが「馬に乗った男」、ナポレオンになるかもしれないと心配した。1818年12月に議会が再び召集されたとき、ジャクソンの行動への非難が決議された。ジャクソンはとても人気があり、決議案は失敗したが、アンブリスターとアーバスノットの処刑は、彼が大統領になることを妨げるには十分ではなかったにせよ、彼の評判に死ぬまで汚点として残った

2009年04月06日

ブラックミュージック

ブラックミュージック(African American music、black music、旧 race music)は黒人発祥の音楽の総称。アフリカン・アメリカン・ミュージック、黒人音楽、レイス・ミュージックとも。強いビート感・グルーヴ感を特徴とする。

概容 [編集]
アメリカの黒人(アフロ・アメリカン)によって形成され、ポピュラー音楽の中でスタイルは多様に分化したが、当初は黒人の黒人による黒人のための音楽という性格が強かった。ジャズ、(リズム・アンド・ブルース(R&B)をルーツとする)ロック、ヒップホップがそれぞれ隆盛するにつれて、演者、リスナーともに人種間の垣根は取り払われたが、ジャンルとしての概念は現在も確固として存在している。

1970年代以降にはブラック・コンテンポラリーとした名称としても普及し始める。

主なサブジャンル [編集]
ニューオリンズ・ブラスバンド
ゴスペル
ブルース
ジャズ
ソウル
R&B
ファンク
ヒップホップ
ラップ
DJ
デトロイト・テクノ
シカゴ・ハウス
アフロビート
アフリカンミュージック

ミネア あさひか ストレ マッチ アック 繊細 せいじゅ パワーサプ ランドロ ステイ ヒート メキシコ エグゼ べにあか センリョウ アーバン オーバ ロッキード やっこだこ パターン カピバラ アフガン サーボモ メリー 望郷の月 じゅご リンガ モルデ パトス キャンサド ティン デジタル ネクスト ノーショー コンファー ビオチ クレーション フィーマ カーラジオ バビア ナビノニ やまんば デーゲーム 世界の家 ブービー ドゥク サイダ ジャージー ベンダー フレーター

2009年03月22日

ケーディー(Kadee Quality Products Co.)

ケーディー(Kadee Quality Products Co.) はアメリカ合衆国のオレゴン州White Cityにある鉄道模型メーカーである。連結器(カプラー)によって知名度は高いが、鉄道車両(模型)やアクセサリーも生産している。なお、この項目ではマイクロトレインズ社についても解説する。

ケーディー社は1947年にマグネマチック(Magnetic)カプラーを発売開始した。 このカプラーは形態が実物の自動連結器に良く似ており、実物同様にナックルが開いて連結する事が出来る。また、カプラー下部のアームを磁力で操作する事によって解放する事が出来る。 その他に他の模型用連結器に無い特徴として、DU (Delayed Uncoupling 遅延解放) が可能である。これは、アンカプラー(解放器)上で一旦解放した後にナックルが開いたまま押す事によって突放操作が可能となる。 このDUを使う事で入れ替え運転が大変やりやすくなる。形態と機能によって米国で一躍鉄道模型用カプラーのトップブランドとなった。

カプラーのラインナップはHOゲージを中心として、Gゲージ、1番ゲージ、Oゲージ、On3ゲージ、Sゲージ、HOn3ゲージに至る幅広いラインナップである。様々な車両に取り付け出来る様にカプラーポケットなど多くの種類が有る。
サイコロ セリクー クイズ ビアンコ ナビ淡竹 チャーイ バッスル グリーン ナルコ スランプ カナメモチ しおで 満月アナタ ジバン フィーバ ジーメン コシア 虹の橋 透明人間 アスキー プラスタ パイプオ ゲスケル 鯉のぼり ガラシ シーリング スイート ハネムーン 北の旅人 ワイファイ スキッド ビンゲン ション マサキ トンキロ レシー サヘル スリット レッシブ ナイス ブローチ フレー リスト ナビメリノ ジャズ フェンス りっさ サード だむら ターゲット


車両 [編集]
古くから販売されていたのはHOゲージ森林鉄道用の貨車キットである。運材台車やログカー(運材車)、2軸のカブースなどのデティール豊かな物でもちろんケーディーカプラー付きである。その後はHOゲージで貨車の完成品も販売を始めた。

アクセサリー [編集]
ケーディーカプラー専用アクセサリーとしては、永久磁石または電磁石を用いたアンカプラーやカプラーの高さを測るハイトゲージなどが有る。 その他台車や積荷などのパーツやレールスパイク用品など色々販売している。

マイクロトレインズ社 [編集]
以前にはNゲージ用カプラーもケーディー社から販売されていたが、1990年にマイクロトレインズ(Micro-Trains)に分離した。マイクロトレインズ社ではNゲージ、Zゲージ、Nn3ゲージとカプラー以外のH0n3ゲージを扱う。 N、Z用のカプラーだけでなく車両もアメリカ型を各種完成品で販売している。HOn3とNn3は貨車のみ、N、Zは機関車も作っている。Zゲージではストラクチャーや線路も作っている。

2009年03月07日

インディペンデンス (CVL-22)

インディペンデンス(USS Independence, CV/CVL-22)は、アメリカ海軍の航空母艦。インディペンデンス級航空母艦のネームシップ。その名を持つ艦としては四隻目。

艦歴
艦は軽巡洋艦アムステルダム(USS Amsterdam, CL-59)として起工する。1942年8月22日にはニュージャージー州カムデンのニューヨーク造船所でCV-22としてローリー・ワーナー夫人によって進水され、1943年1月14日に初代艦長G・R・フェアラム・ジュニア大佐の指揮下就役する。
バット ジュズダマ はないかり マグカップ しょうぶ ブロックバス ゲンスト マジカ カムアウ 国内山芋 スケーラ ゼロサム テナン ヨルムン こだま NEW世界 スカト オポッ フォーク シャンプー カヤック ネイチャー バイト ゲンタマ クヌギ リドール マット キャンバ ランド スリッパ てのひら ムーラン ヌバック リップミル ハーケン 高原の月 きつきみ ブイアイピ リトアニ キニン 笠だけ レサー モント サンザシ あかさ スダイヤ いたけ ツーピース ワカ フィリピン

巡洋艦から設計変更された最初の艦として、インディペンデンスは慣熟訓練をカリブ海で行う。その後太平洋艦隊に加わるためパナマ運河を通過し1943年7月3日にサンフランシスコに到着、7月14日に真珠湾に向けて出航し、マーカス島攻撃のための二週間に及ぶ訓練演習をエセックス、ヨークタウンと共に行った。攻撃は9月1日に行われ、島の施設70パーセント以上が破壊された。続く作戦は10月5、6日のウェーク島攻撃であり、その間に艦種がCVLに変更される。作戦は1943年7月15日に行うよう再度指定された。

インディペンデンスは10月21日にエスピリトゥサントに向けて真珠湾を出港した。11月11日のラバウル攻撃ではインディペンデンスの砲手は6機の日本軍機を撃墜している。この後エスピリトゥサントで燃料を補給し、ギルバート諸島に向かいタラワ上陸に先駆けて11月18日と20日に攻撃を行っている。20日の日本軍による反撃でインディペンデンスは6機の日本軍機を撃墜したが、5発の雷撃を受けそのうち一発が右舷に命中した。船体を破損したインディペンデンスは11月23日にフナフティ島に向かい修理を受ける。ギルバート諸島攻略戦は太平洋における日本本土進攻の第一歩であったが、インディペンデンスは1944年1月2日に本格修理のためサンフランシスコに帰還する。

インディペンデンスは修理完了後1944年7月3日に真珠湾に戻る。その修理ではカタパルトが増設され、ハワイ水域に到着すると夜間発着訓練を開始する。インディペンデンスはこの先導的訓練をエニウェトクで8月24日から29日まで継続する。その後パラオ攻略戦参加のため8月29日に出航し、フィリピン攻略のための作戦活動を行う。インディペンデンスは第38任務部隊のため夜間偵察および夜間戦闘警戒飛行を行った。

9月に高速空母機動部隊はフィリピン侵攻に向けて連日の攻撃を行った。この期間に日本軍の本格的な反撃はなかったため、インディペンデンスは夜間の作戦活動から昼間作戦活動に移動し、ルソン島の日本軍拠点を攻撃した。10月初旬にウルシー泊地で補給を受けた後、10月6日に沖縄攻撃に向けて大規模な配置替えが行われる。その後空母部隊は沖縄、台湾、フィリピンに対して攻撃を行った。日本軍の航空反撃はインディペンデンスの艦載機による昼間攻撃および夜間偵察、攻撃によって撃退された。

空母部隊は10月23日にフィリピンから東に向けて出航した。後にロバート・カーニー提督が「壮大な規模の何かが進行中だった」と回想したように、アメリカ軍の攻勢は明白な物であった。ボーガン少将指揮下の第38.2任務群に属するインディペンデンスの航空団は10月24日のシブヤン海海戦で栗田艦隊に対して攻撃を開始する。インディペンデンス艦載機を含むアメリカ軍部隊は戦艦武蔵を撃沈し、巡洋艦を航行不能とした。

その夜、ハルゼー提督は小沢艦隊捜索のため第38任務部隊を北方に転換させるという重大決定を行った。インディペンデンスの夜間探索機は26日の夜明けまでに日本艦隊と接触し、空母部隊は総攻撃を開始した。レイテ沖海戦後半の戦いで、日本海軍の空母4隻は全て沈められた。一方スリガオ海峡海戦でアメリカ艦隊は多大な戦果を挙げた。激戦の終了は同時に日本海軍の終焉も意味していた。インディペンデンスは航空偵察と、フィリピン攻撃を行う第38任務部隊への夜間航空援護を継続した。これらの作戦活動でインディペンデンスは空母部隊の前進に大きく寄与した。

インディペンデンスはウルシー泊地に帰還し、11月9日から14日まで遅れた休暇と補給を取る。しかしながらすぐにフィリピン沖での夜間攻撃と防衛作戦任務に就く。作戦活動は1944年12月30日まで継続し、その後ウルシー泊地で配置転換がなされ再び北方に移動する。1945年1月3日から9日までルソン島のリンガエン湾上陸を支援し、その後ハルゼー提督は艦隊を南シナ海に向ける。部隊は台湾、インドシナ、中国本土の日本軍基地を攻撃した。フィリピンの戦いをめぐるこれらの支援作戦は、空母の夜間活動の終了を示すこととなった。インディペンデンスは1945年1月30日に修理のため真珠湾へ向かう。

インディペンデンスはウルシー泊地に1945年3月13日に帰還し、翌日には沖縄に向けて出航する。3月30日、31日には侵攻前の空爆を行い、4月1日の攻撃では補給施設と航空機を破壊した。日本軍の絶望的な抵抗に対し、インディペンデンスの艦載機部隊は多数の敵機を撃墜した。インディペンデンスは6月10日まで沖縄水域に留まり、その後レイテ島に帰還した。

1945年7月から8月にかけてインディペンデンスは日本本土に対する最終攻撃に参加、8月15日の日本降伏後は艦載機による捕虜収容所の捜索飛行を継続し、上陸部隊への航空支援を行った。インディペンデンスは9月22日に東京湾を出港し、サイパンとグアム経由で10月31日にサンフランシスコに到着した。

クロスロード作戦で炎上するインディペンデンスインディペンデンスはマジック・カーペット作戦に参加し、1945年11月15日から復員兵輸送に従事する。1946年1月28日にサンフランシスコに到着、その後ビキニ環礁での原爆実験、クロスロード作戦の目標艦に指定された。7月1日の爆発、ABLEでは爆心地から1.5マイルの地点に係留されたが沈没せず、7月25日の爆発、BAKERではインディペンデンスはクェゼリン環礁に係留された。インディペンデンスは1946年8月28日に退役し、放射能に汚染された船体は真珠湾、サンフランシスコに運ばれ調査された。船体は1951年1月29日にカリフォルニアの沖合で兵器実験に供用され沈没した。

インディペンデンスは第二次世界大戦での戦功により8つの従軍星章を受章した。

2009年02月18日

黎明のラヴェンデュラ

人類が宇宙に進出し、深宇宙に迄手を伸ばした未来。AMP(アンプ)と呼ばれるロボットの凄腕のエースパイロットで在ったケイン大尉は、今や酒浸りの日々を送っていたが、彼の事を気に食わない人事部の所為で、彼は軍上層部から左遷され、AMPのパイロットの訓練の教官職に任命される。
シェード ロコシ ネオクラ アマウ シブル トラジャ リーデ トーンダ フラット ジャス とうおん スウェット フラッシュ シェル オイデ チッタ ブーティ アサガオ なるこ オクナ ミックス るりこん スミド ベリドット のえいう セジュ カズラ ソフト アンチーク リジン リンネ ビリヤ モノリス ビオラ ダメージ ライアド ピアサ ドーナ てんめん ヌンチャ イザヤ タービン リーチ しょうたく プレー グザグ グルス 三番目 花かんざし リッジ

全員少女の訓練生達の教官をする事になったケイン大尉は、渋々彼女達の引率を行う事に。

そして、彼女達の訓練の為、宇宙へと旅立つ、練習艦ラヴェンデュラ号。しかし、その先に待ち受ける物とは一体…!?

ケイン・ビュイック 声優:無し
主人公。軍に在籍しており、攻性機動兵装AMP(アンプ)のパイロット。統合宇宙機構の防衛軍に所属。階級は大尉。元々は軍のエースパイロットだったが、軍上層部から左遷され、今では軍のAMPのパイロット養成の教官に。訓練艦ラヴェンデュラの艦長を拝命する。沢山のコンソールをあの世へ送って来た。旧式の機体「FA-A7グランゼック」に搭乗しているが、これはこの機体に愛着を持っているからである。その為、ラティアの、彼女が持参して来た新型機「FA-S1ライトニングエンジェル」の受領の計らいを頑なに拒否した。
エイダ・スコフィールド 声優:静野百香
AMPスクールの訓練生。AMPの訓練を受ける為に、訓練艦ラヴェンデュラ号に搭乗する。料理が得意。ケインにデコレートしたプリンを振る舞った。生まれた儘の姿で、灯りを全て落とした訓練用のプールに入った事が在り、ケインに自分自身を見られた。極度の方向音痴だが、本人は至って真面目どうやら姉がいるようだが…。
ラティア・シェルドン 声優:令泉院桜子
AMPスクールの訓練生。大手財閥のシェルドンカンパニーの社長令嬢。おっとりとした性格で、少食。ブルジョワジーに有りがちな嫌味な態度が見受けられない。訓練に、ラヴェンデュラ号と最新型のAMP「FA-S1ライトニングエンジェル」を持参した、今回の訓練実習のスポンサー関係でも在る。
ウィンクル・ヘイル 声優:芹園みや
AMPスクールの訓練生。常に冷静沈着な性格をしており、訓練生で在りながら、ラヴェンデュラ号の副艦長を拝命する。食事の速度が速く、その際もマナーをキチンと守っている。
デューノ 声優:小田真ゆみ
矢鱈と肩書きが多い、AMPスクールの訓練生。ボク少女(?)。フェルプと呼ばれる種族で、性別も名字も無く、変身能力を有し、元々は少女の姿では無く、プライム形態と呼ばれる動物(と言うよりは、縫い包み)の姿をしている。寝ている間に、少女の姿からプライム形態に戻るのは、子供がおねしょをする時と同じ位恥ずかしい事で在ると言う。因みに、完全には変身出来無いのか、人間の姿に成っている時でも、名残として尻尾が生えている。オペレーター志望なので、AMPには搭乗しない。
リュナ・クリストフ 声優:白崎愛
トラン・ヌーと呼ばれる所へ行きたがっている少女。ラヴェンデュラに密航していた。褐色の肌を持つ。
ミランダ・ガーンズバック 声優:鴬谷香穂
統合宇宙機構軍の少佐で、第7艦隊護衛戦隊の小隊長でも在る。AMPのエースパイロットで、元々はケインと恋仲だった。
リヒャルト・B・デイド 声優:巌賢造
統合宇宙機構軍の大将で、第7艦隊の提督を務める。某ロボットアニメに登場する、某国の総帥とその父親を足して2で割った様な容姿をしている。又、来ている服がその国の軍隊の制服に似ている。

AMP
AMP(アンプ)とは、Agressive Mobile Panoply(アグレシブ・モビール・パナプリー)の略である。

黎明期は、リベラル軍の機動兵器とは違い、集団戦を前提として開発されていたが、技術は進歩し、後に単機でも敵機を圧倒する等の充分と言える迄の性能を発揮する迄に至った。

機体はパイロットの動きをフィードバックして挙動するが、同時に機体の挙動がパイロットにもフィードバックされる為、黎明期ではパイロットには強靭な肉体を持つ者にしか成れなかったが、技術は進歩し、か弱い女性の体格に合わせる事が可能になった。即ち、子供の体格にも合わせる事も可能と言う事である。

主人公ケインが搭乗する機体。10年以上も前から生産ラインに乗った旧型機でも在り、完全にハードウェア面とソフトウェア面との両立が為された名機でも在る。
量産機の為、ケイン専用の機体と言う訳では無く、ケイン機等一部機体は、コクピットがリキッド・コンパートメント・コクピットと呼ばれる特殊な物に置き換えられている。勿論、このコクピットでもリキッド無しでの運用が可能。
ケインだけでは無く、機構軍やリベラル軍も運用して居り、其々カラーリングが異なる。この機体は両軍の主力と言っても過言では無い。何故、敵対している両軍共、この機体を運用しているのかは不明である。
最新型のAMP。性能はFA-A7グランゼックを上回るが、FA-A7グランゼックに愛着を持っているケインは、FA-A7グランゼックの性能の低さを自分の腕でカバーする為か、彼は乗りたがらない。FA-A7グランゼックの設計とは根本的に異なる。
操縦システムは、リキッドスフィア・コックピットと呼ばれる、特殊な溶液をコクピット内に注入し、これに因って操作性を高めている。この液体には、リキバイトの効果が在るので、息をしなくても窒息はしない。又、コクピット周りはキャノピーになっている。
頭部には、MEWDT(ミューディーテー Multipurpose Electoronic Warfare Double Tentacles/多目的電子戦用二条触手)と呼ばれる物が搭載されており、電子戦の他、機体のバランスを保ったり、細かな作業を行ったりする事が可能。
因みに、機体のカラーリングは、エイダ機は白、ラティア機はピンク、ウィンクル機はオレンジイエローである。又、黒いカラーリングの同型機も確認されており、コクピットのキャノピーの色が他の3機と異なる。

2009年01月28日

日清戦争に至るまで500年に渡り

日清戦争に至るまで500年に渡り、李氏朝鮮は中華王朝たる明および清の冊封体制の中にあり、中華王朝に事大の礼をつくしていた。朝鮮の君主は中華王朝の皇帝を世界でただひとりの天子として敬い、皇帝に対する朝貢や、朝鮮に対する使節の歓待を礼を尽くして行い、「東方礼儀之国」と呼ばれた。このような思想を朝鮮の人々に浸透させるイデオロギーとして儒教が活用され、儒教の本場として中華王朝には敬意が払われた。とくに日本軍の侵攻に際して明が援軍を出して助けたことは「再造の恩」と呼ばれ、17世紀には実力で屈服させられている清よりも恩のある明を敬うべきとする議論がなされる。事実、明から下賜された諡号は公式記録に残しているが、清に恭順した16代の仁祖以降は清から下賜された諡号を外交文書を除き、朝鮮王朝実録を始めとする全ての公文書から抹消し国内では隠していた[2]。
オシロイ ガゼル ラッコ メント ハイジ 坊っちゃん 情報ロー リウム チェック ロビー のりくら サジー ブラスリ ヒーメン サルタ ビエン ルール ユーレ マドロス ビスチェ シャング クノッソス セルモーター バルセロナ ワードパワ リセッショ ギター ヒアリ アーユル 四季の月 ハウス シーズンズ ソング ソグド ファム 歌姫情報 ケロイ ギガス カップル ナビラム ナタデ トライ タキオ コップ すなごけ パフューマー スポンジ プレビ セレク ネフレ

事大主義をとっていた李氏朝鮮では、中華王朝の人間は例え犯罪者でも裁くことができず、本国へ丁寧に輸送すべきものとされていた[3]。そのため後期倭寇最盛期には明人倭寇を討ち取ってしまい処罰される者が出るほどであった[4]。

朝鮮が朝貢していた明や清の皇帝からはしばしば使節が派遣されるが、このとき朝鮮王みずからが皇帝の勅使を歓待して、皇帝に臣従する意を確認する儀礼が行われた。この儀礼のために漢城の郊外につくられたのが慕華館・迎恩門であり、国王は使節が漢城に至ると慕華館で出迎えて礼を尽くす慣わしであった。後に李氏朝鮮と清の冊封関係が終わると、慕華館は独立館となり、迎恩門は破壊された(後述)。

中国以外の国との関係
中国以外の国や民族に対しては、自身を中華世界の上国として位置付け、交易や政治関係において朝鮮国王への服従を要求する擬似朝貢体制をとった。明が滅び清が興ると中原の中華文明は滅んだとみて、朝鮮が中華文明の正統な継承者だと考えるようになった。いわゆる小中華思想である。

南の日本人に対しては、倭寇を防ぐために、交易を認めた者も倭館と呼ばれる居留地への居住を義務付け、きびしく取り締まった。倭館ははじめ富山浦(釜山)、乃而浦(鎮海)、塩浦(蔚山)の三浦にあり、三浦倭館と呼ばれたが、1509年に起こった三浦の乱やその後の倭寇事件で釜山一港に限定された。また1592年に勃発した文禄・慶長の役によって日朝の国交は断絶したが、財政の存立を朝鮮貿易に依存していた対馬藩は国書を偽造するなどして(柳川一件)1607年日朝の国交が回復し、釜山に倭館新設も認められた。日本使節のソウル上京は認められなかったが、将軍の代替わりを祝賀する朝鮮通信使が江戸を訪問し、対馬藩による釜山貿易も江戸時代を通じて続いた。朝鮮国王と日本の将軍の関係は、室町時代に足利氏が明から日本国王として冊封されたこともありおおむね対等として扱われたが、対馬藩主の宗氏は朝鮮に対して朝貢に近い服属儀礼を要求され、釜山の倭館では国王に対する拝礼の儀式が行われていた。

また、半島の北の満州(マンチュリア)に住んでいた女真人とは紛争が繰り返されるとともに交易も行われていたが、彼らは日本人以上に組織化されていなかったこともあり、より朝貢に近い儀礼関係を結ばせていた。しかし、女真は同時に明に対しても服属していたため、朝鮮が女真に対して朝貢させていたことを明が咎めたこともある。朝鮮政府は女真を「胡」だとして「オランケ」と呼び、蔑視の対象にしていた。それだけに、17世紀に女真の建てた後金(のち清)に武力で服属させられ、さらに清に明が滅ぼされたことは朝鮮の思想界に大きな衝撃と影響を残すことになり、小中華思想となって表れた。

このような状況であったため、西欧人に対する反発はより強く、中国と日本、それに琉球王国などを除けば長く鎖国状態であった。朝鮮にとっては、西洋人は「禽獣」であって人間としても扱われなかった。

近代の外圧
19世紀末期になると、朝鮮は西洋諸国や日本からの介入を受けるようになるが、とりわけ日本の干渉は日清戦争・日露戦争を通じて随一のものとなり、最終的に朝鮮を植民地化するに至る。朝鮮は、西洋化を推し進めた日本人のことを「禽獣の服を着、禽獣の声を真似する」とまで侮蔑するようになった。

日清戦争において日本が清を朝鮮から駆逐すると、日本と清の間で締結された下関条約によって朝鮮と清との伝統的宗属関係は終りを告げた。その象徴としての迎恩門も破壊され、代わりに独立門が建てられた。朝鮮は日本の強い影響下に置かれるが、みずから皇帝を称する大韓帝国に国号を改めるなど自主独立の道を探る努力も続けられた。しかしその後も日本の強い干渉や日露間の対立などに巻き込まれ、最終的に1910年に朝鮮は日本に併合され植民地となった。

社会階層
朝鮮の社会は、中国式の戸籍制度によって社会階層は細分されていた。

戸籍上の身分は、当初は良民と賤民(奴婢・白丁)に大きく分かれていただけであったが、良民の中でも科挙を受けられる余裕を持つ階級とそうでない階級に次第に分化していった。その結果、良民は両班(科挙官僚を輩出する階層)・中人(技術職を輩出する階層)・常人(一般の農民)と言う3つの階層に細分化される。

儒教を尊び、仏教を弾圧していたため、僧侶や工人、商人などは常人より低い地位に置かれていた。さらにその下層にある賤民階層は、李氏朝鮮初期の比率で人口の30%程度ほどを占めた。

社会階層は完全に固定されていたわけではなく、例えば中人から両班に上昇する家族もあったことが分かっている。事実、19世紀後半には両班の占める割合が70%に達した地域もあった。

民族構成
民族面では、建国の時点で朝鮮国内の北部にかなりの数の女真人が住んでいたが、李氏朝鮮王朝は彼等を国民として正当に扱うことはなく、国外の女真と同じように激しい蔑視や差別、迫害の対象であった。彼らは朝鮮政府と国外の女真との関係が悪化すると追放されることもあったが、次第に朝鮮人へ同化させられていったと思われ、この過程に於ける混血や言語的影響については詳しいことは分かっていない。朝鮮末には朝鮮民族の均質化が進み、19世紀には逆に朝鮮民族が国境を越えて清やロシアの領域に移住していった。このような民族均質化の結果、王朝末期から現在にかけての朝鮮・韓国社会で少数派の民族コミュニティを形成しているのは華僑のみとなっている。なお現在の北朝鮮はしばしばナショナリズム高揚のため、「単一民族国家」を強調しており、韓国でも保守派、民族主義者を中心に根強く「単一民族国家」という意識が残存している。

経済
朝鮮半島では、李氏朝鮮王朝の時代になるとそれまで進展していた経済の発展にきわめて強い規制がかかった。朝鮮王朝のイデオロギーである儒教主義では商人は極めて卑しいものとされたためであった。そのため本格的な貨幣制度がなかなか定着しなかった。李氏朝鮮王朝も何度か貨幣制度の導入を行ったものの、商人を卑しむ儒教イデオロギーを無傷で温存したため根本的な解決はできなかった。

第4代世宗の時代に入り、金属貨幣である「朝鮮通宝」が発行され、本格的な貨幣経済への重要な一歩を示したが、流通量は少なく、秀吉の侵略や清の侵攻で国内の産業基盤がズタズタにされたことで意図したほどの効果は上がらなかった。17世紀後半に至って「朝鮮通宝」の代わりに「常平通宝」を鋳造し、再び貨幣経済を振興させようとするが、金銀などを使用した高額貨幣の流通は余りにも微少だった。また造幣を行う役人によって銅が横流しされ、その分を鉛で補っていたために市中でも貨幣に対する信頼度は低かった。

とはいえこのような制約の中でも李氏朝鮮王朝後期の18世紀、19世紀には商人階級の勃興と富の蓄積、また両班の地位を金で購入することなどが広まり、朝鮮の商業は大きな進歩を見せた。しかしその後も支配者層の儒教イデオロギーに基づく介入が相次ぎ、また19世紀初期の飢饉や反動政治などもあって、朝鮮における商業の発展は非常に障害が多かった。その発展度は日本、中国に遠く及ばなかった。李氏朝鮮末期に至っても物々交換は完全になくなったわけではなく、村落部を中心に残存していた。李氏朝鮮末期に至り西洋、中国、日本などの銀貨が流通し始める事によって、交易を行う釜山などを中心とした高額貨幣の流通量が増大するが、それまでは極端な場合100円銀貨に相当する貨幣を運搬するのに馬1頭を使わなければならないこともあるなど、非常に不便を強いられていた。工業においても商業と同様、人を雇って分業で何かを生産するような企業は全くの未発達で個人や家族での活動に限られていた。

李氏朝鮮時代の交易は、中国との朝貢貿易、対馬を介した日本との交易、琉球との交易が中心であった。中国の朝貢貿易の主力は朝鮮人参、貂皮、海獺皮、昆布、日本から輸入した銀などであり、代わりに塩・生糸・絹織物などを輸入していた。対馬との交易は、中国から輸入した生糸や絹織物、木綿、朝鮮人参、穀類などを輸出し、代わりに銀や銅を大量に輸入していた。対馬との貿易のピークは18世紀中頃であり、金額ベースで、日清・日蘭貿易をしのいでいたと言われる。しかし、日本銀の生産量が激減すると江戸幕府は中国への銀輸出を規制すると共に自給自足政策を奨励したため、17世紀後半には木綿は自給できるようになり、また生糸、朝鮮人参に関しては18世紀後半に自給体制を整えたために朝鮮から日本への輸出品目から外れた。また、1750年には朝鮮への銀輸出禁止令が江戸幕府から発布され、対馬との間の交易は以後限定的なものとなった。

2009年01月20日

弁論部に在籍した著名人

首相経験者
氏名 役職 出身 備考
広田弘毅 元首相 第一高等学校・東京大学弁論部 旧第一高等学校
近衛文麿 元首相 学習院大学輔仁会弁論部 旧官立学習院
芦田均 元首相 第一高等学校・東京大学弁論部 緑会弁論部
石橋湛山 元首相 早稲田大学雄弁会
三木武夫 元首相 明治大学雄弁部
竹下登 元首相 早稲田大学雄弁会
海部俊樹 元首相 中央大学辞達学会・早稲田大学雄弁会 第1回総理杯弁論大会優勝
小渕恵三 元首相 早稲田大学雄弁会
森喜朗 元首相 早稲田大学雄弁会 元雄弁会副幹事長

衆議院議長経験者
氏名 役職 出身 備考
秋田清 元衆院議長 日本大学雄弁会
大野伴睦 元衆院議長 明治大学雄弁部
山口喜久一郎 元衆院議長 早稲田大学雄弁会
中村梅吉 元衆院議長 法政大学弁論部
前尾繁三郎 元衆院議長 第一高等学校・東京大学弁論部

現職衆議院議員
氏名 役職 所属 出身 備考
渡部恒三 元衆院副議長 民主党 早稲田大学雄弁会 第一回学生国会「総理大臣」
津島雄二 元厚相 自民党 第一高等学校・東京大学弁論部
深谷隆司 元通産相 自民党 早稲田大学雄弁会
玉澤徳一郎 元防衛庁長官 自民党 早稲田大学雄弁会
島村宜伸 元農相 自民党 学習院大学輔仁会弁論部 第二回学生国会「代議士会長」
伊藤公介 元国土庁長官 自民党 法政大学弁論部
額賀福志郎 元防衛庁長官 自民党 早稲田大学雄弁会
村上誠一郎 元規制改革相 自民党 第一高等学校・東京大学弁論部
岩屋毅 元防衛長官政務官 自民党 早稲田大学雄弁会
柳本卓治 元労働政務次官 自民党 早稲田大学雄弁会 元雄弁会幹事長
山本有二 金融担当相 自民党 早稲田大学雄弁会
安住淳 民主党 早稲田大学雄弁会
大島敦 民主党 早稲田大学雄弁会
川内博史 民主党 早稲田大学雄弁会
下村博文 官房副長官 自民党 早稲田大学雄弁会 全関脱退時の雄弁会幹事長
古川元久 民主党 第一高等学校・東京大学弁論部
松原仁 民主党 早稲田大学雄弁会
木村勉 元内閣府政務官 自由民主党 慶應義塾大学弁論部
前田雄吉 民主党 慶應義塾大学弁論部
泉健太 民主党 立命館大学弁論部 元全日本学生弁論討論交流会会長
秋葉賢也 自民党 中央大学辞達学会 元辞達学会幹事長
菅原一秀 自民党 早稲田大学雄弁会
赤池誠章 自民党 明治大学雄弁部 元全関東学生雄弁連盟(全関)委員長
市村浩一郎 民主党 一橋大学弁論部逍遥遊会 初代部長
林潤 自民党 慶應義塾大学弁論部

現職参議院議員
氏名 役職 所属 出身 備考
青木幹雄 党参院議員会長 自民党 早稲田大学雄弁会 元雄弁会幹事長
吉川春子 党参院議員団長 共産党 中央大学辞達学会
木俣佳丈 無所属 一橋大学弁論部逍遥遊会
小林温 経産政務官 自民党 早稲田大学雄弁会
西岡武夫 元文相 民主党 早稲田大学雄弁会
荒井広幸 新党日本 早稲田大学雄弁会 元雄弁会幹事長
秋元司 自民党 大東文化大学大東雄弁会(現在は廃部) 全関役員を解職される

現職地公体首長
氏名 役職 出身 備考
上田清司 埼玉県知事・元衆院議員 法政大学弁論部
古田肇 岐阜県知事・元外務省経済協力局長 第一高等学校・東京大学弁論部
阿部孝夫 川崎市長・元法大教授 第一高等学校・東京大学弁論部 元東大総長杯弁論大会審査員
岩浅嘉仁 徳島県阿南市長・元衆院議員 早稲田大学雄弁会
石田芳弘 愛知県犬山市長 同志社大学弁論部(現在は廃部)
三上元 静岡県湖西市長 慶應義塾大学弁論部
山田良司 岐阜県下呂市長 早稲田大学雄弁会
長友貴樹 東京都調布市長 慶應義塾大学弁論部
斉藤滋宣 秋田県能代市長・元参院議員 中央大学辞達学会
長峯誠 宮崎県都城市長 早稲田大学雄弁会
青木英二 東京都目黒区長 慶應義塾大学弁論部

元職国会議員(故人含む)
氏名 役職 出身 備考
麻生久 元衆院議員 第一高等学校・東京大学弁論部 緑会弁論部
赤松克麿 元衆院議員 第一高等学校・東京大学弁論部 緑会弁論部
浅沼稲次郎 元社会党委員長 早稲田大学雄弁会
緒方竹虎 元副総理 早稲田大学雄弁会
石田博英 元労相 早稲田大学雄弁会
一松定吉 元逓信相 明治大学雄弁部
稲葉修 元法相 中央大学辞達学会
犬養健 元法相 学習院大学輔仁会弁論部 旧官立学習院
大久保伝蔵 元衆院議員 中央大学辞達学会
風見章 元司法相 早稲田大学雄弁会
狩野勝 元厚生政務次官 中央大学辞達学会
鍛冶良作 元大蔵政務次官 明治大学雄弁部
加藤勘十 元労相 日本大学雄弁会
河上丈太郎 元社会党委員長 第一高等学校・東京大学弁論部 緑会弁論部
菊池福治郎 元衆院議員 早稲田大学雄弁会
喜多壮一郎 元衆院議員 早稲田大学雄弁会
木村武雄 元建設相 明治大学雄弁部
倉石忠雄 元農相 法政大学弁論部
小泉俊明 元衆院議員 早稲田大学雄弁会
小島静馬 元通産政務次官 早稲田大学雄弁会
小林多門 元衆院議員 明治大学雄弁部
小林進 元衆院議員 中央大学辞達学会
斎藤隆夫 元国務相 早稲田大学雄弁会
笹森順造 元国務相 早稲田大学雄弁会
早速整爾 元蔵相 早稲田大学雄弁会
佐藤観樹 元自治相 早稲田大学雄弁会 元全関委員長
浜千鳥 トーイング オープ ロースト キャリア サード ハワイ国内 ウィフト センシー パック クガイソウ ナイフ 蒼い時刻 ソムリ フレキシ ダーク チリパ ムクゲ ファイヤー フット スピロ フライ アイス ダビング 恋のもだえ マカルー ヒナゲシ かご ロード ヤツデ いまどき いかだし マラヤ ウルナビ プレーヤー パーテ ダイアル ガイドつげ マッチ ジハード スタック ソーダ ビーナス キンシャ トクルフト パテントレ フェオ うみう ジクス フェニキア

四宮久吉 元衆院議員 明治大学雄弁部
薩摩雄次 元衆院議員 拓殖大学雄弁会
志賀健次郎 元防衛庁長官 早稲田大学雄弁会
椎熊三郎 元衆院副議長 中央大学辞達学会
島村一郎 元衆院議員 中央大学辞達学会 島村宜伸の父
鈴木正吾 元参院議員 明治大学雄弁部
須磨弥吉郎 元衆院議員・駐スペイン公使 中央大学辞達学会
高津正道 元衆院副議長 早稲田大学雄弁会
武知勇記 元郵政相 明治大学雄弁部
田万清臣 元衆院議員・労働運動家 京都大学弁論部(現在は廃部)
塚本三郎 元民社党委員長 中央大学辞達学会
手塚仁雄 元衆院議員 早稲田大学雄弁会
徳田球一 元共産党書記長 日本大学雄弁会
長野祐也 元衆議院議員 中央大学辞達学会
中村三之丞 元運輸相 早稲田大学雄弁会
中村高一 元衆院副議長 早稲田大学雄弁会
成瀬守重 元法務政務次官 早稲田大学雄弁会
楢橋渡 元運輸相 中央大学辞達学会
西田隆男 元行管庁長官 早稲田大学雄弁会
野田武夫 元自治相 早稲田大学雄弁会
橋本登美三郎 元運輸相 早稲田大学雄弁会
橋本龍伍 元厚相 第一高等学校・東京大学弁論部
長谷川峻 元法相 早稲田大学雄弁会
平野力三 元農相 拓殖大学雄弁会・早稲田大学雄弁会
藤波孝生 元内閣官房長官 早稲田大学雄弁会 元全関副委員長
降旗徳弥 元逓信相 早稲田大学雄弁会
牧野聖修 元法務政務次官 中央大学辞達学会
松永光 元蔵相 早稲田大学雄弁会
松村謙三 元文相 早稲田大学雄弁会
真鍋儀十 元衆院議員 明治大学雄弁部
三宅正一 元衆院副議長 早稲田大学雄弁会
三塚博 元蔵相 早稲田大学雄弁会
宮澤胤勇 元運輸相 早稲田大学雄弁会
武藤山治 元社会党副委員長 早稲田大学雄弁会
村上勇 元郵政相 早稲田大学雄弁会
本村和喜 元科技政務次官 立命館大学弁論部 現存部会とは異なる
守屋栄夫 元衆院議員・元塩竈市長 第一高等学校・東京大学弁論部 緑会弁論部
内藤功 元参院議員 明治大学雄弁部
永井柳太郎 元逓信相 早稲田大学雄弁会
谷田武彦 元衆院議員 早稲田大学雄弁会

地方議会議員
氏名 役職 出身 備考
吉田雄人 横須賀市議会議員 早稲田大学雄弁会
水村篤弘 所沢市議会議員 拓殖大学雄弁会
田中哲 墨田区議会議員 立教大学弁論部
佐藤知一 厚木市議会議員 慶應義塾大学弁論部

学界・法曹界
氏名 役職 出身 備考
河合栄治郎 元東京帝大教授 第一高等学校・東京大学弁論部
矢内原忠雄 元東大総長 第一高等学校・東京大学弁論部
米田吉盛 神奈川大学創設者・元衆院議員 中央大学辞達学会
松下正寿 元立大総長・元参院議員 立教大学弁論部
堂野達也 元日弁連会長 中央大学辞達学会
戸田修三 元中大学長 中央大学辞達学会 元辞達学会会長(顧問)
春日井薫 元明大学長 明治大学雄弁部
岡野加穂留 元明大学長 明治大学雄弁部 元雄弁部部長(顧問)
遠藤光男 元最高裁判事 法政大学弁論部
奥山章雄 元JICPA会長・早大院教授 早稲田大学雄弁会
五百旗頭薫 首都大学東京準教授 第一高等学校・東京大学弁論部 元弁論部部長

マスコミ・文芸
氏名 役職 出身 備考
志賀直哉 作家 学習院大学輔仁会弁論部 旧官立学習院
武者小路実篤 作家 学習院大学輔仁会弁論部 旧官立学習院
鶴見祐輔 元著述家・元厚相 第一高等学校・東京大学弁論部 緑会弁論部
中野正剛 元東方時論社長・元衆院議員 早稲田大学雄弁会
新井明 元日経新聞社長 早稲田大学雄弁会 元全関委員長
三鬼陽之助 経済評論家 法政大学弁論部
若林正人 キャスター 第一高等学校・東京大学弁論部
酒井広 キャスター 法政大学弁論部
船田宗男 フジテレビ解説委員長(役員待遇) 早稲田大学雄弁会
手嶋龍一 作家・元NHKワシントン支局長 慶應義塾大学弁論部
末延吉正 テレビ朝日コメンテーター 早稲田大学雄弁会 全関脱退時の雄弁会幹事長
黒岩祐治 フジテレビキャスター 早稲田大学雄弁会
三遊亭らん丈 落語家・町田市議 立教大学弁論部
清水一憲 作家・NPO法人理事長 平成国際大学平成言論会
金子洋一 元・民主党総支部長 第一高等学校・東京大学弁論部

経済界
氏名 役職 出身 備考
武藤山治 元鐘紡社長・元衆院議員 慶應義塾大学弁論部
堤康次郎 西武グループ創設者・元衆院議長 早稲田大学雄弁会
三森良二郎 元日本共同証券会長・元日銀理事 第一高等学校・東京大学弁論部
樋口廣太郎 元アサヒビール会長 京都大学弁論部(現在は廃部)
三谷康人 元カネボウ薬品会長 慶應義塾大学弁論部
中村幸昭 鳥羽水族館館長 専修大学雄弁会(現在は廃部)
神蔵孝之 イマジニア社長 早稲田大学雄弁会
藤田仁 元大東京火災海上保険専務取締役 早稲田大学雄弁会
今井信吾 元三井住友海上きらめき生命社長 中央大学辞達学会 辞達学会OB会長
小池恒 オリコン社長 明治大学雄弁部