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2009年03月 アーカイブ

2009年03月07日

インディペンデンス (CVL-22)

インディペンデンス(USS Independence, CV/CVL-22)は、アメリカ海軍の航空母艦。インディペンデンス級航空母艦のネームシップ。その名を持つ艦としては四隻目。

艦歴
艦は軽巡洋艦アムステルダム(USS Amsterdam, CL-59)として起工する。1942年8月22日にはニュージャージー州カムデンのニューヨーク造船所でCV-22としてローリー・ワーナー夫人によって進水され、1943年1月14日に初代艦長G・R・フェアラム・ジュニア大佐の指揮下就役する。
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巡洋艦から設計変更された最初の艦として、インディペンデンスは慣熟訓練をカリブ海で行う。その後太平洋艦隊に加わるためパナマ運河を通過し1943年7月3日にサンフランシスコに到着、7月14日に真珠湾に向けて出航し、マーカス島攻撃のための二週間に及ぶ訓練演習をエセックス、ヨークタウンと共に行った。攻撃は9月1日に行われ、島の施設70パーセント以上が破壊された。続く作戦は10月5、6日のウェーク島攻撃であり、その間に艦種がCVLに変更される。作戦は1943年7月15日に行うよう再度指定された。

インディペンデンスは10月21日にエスピリトゥサントに向けて真珠湾を出港した。11月11日のラバウル攻撃ではインディペンデンスの砲手は6機の日本軍機を撃墜している。この後エスピリトゥサントで燃料を補給し、ギルバート諸島に向かいタラワ上陸に先駆けて11月18日と20日に攻撃を行っている。20日の日本軍による反撃でインディペンデンスは6機の日本軍機を撃墜したが、5発の雷撃を受けそのうち一発が右舷に命中した。船体を破損したインディペンデンスは11月23日にフナフティ島に向かい修理を受ける。ギルバート諸島攻略戦は太平洋における日本本土進攻の第一歩であったが、インディペンデンスは1944年1月2日に本格修理のためサンフランシスコに帰還する。

インディペンデンスは修理完了後1944年7月3日に真珠湾に戻る。その修理ではカタパルトが増設され、ハワイ水域に到着すると夜間発着訓練を開始する。インディペンデンスはこの先導的訓練をエニウェトクで8月24日から29日まで継続する。その後パラオ攻略戦参加のため8月29日に出航し、フィリピン攻略のための作戦活動を行う。インディペンデンスは第38任務部隊のため夜間偵察および夜間戦闘警戒飛行を行った。

9月に高速空母機動部隊はフィリピン侵攻に向けて連日の攻撃を行った。この期間に日本軍の本格的な反撃はなかったため、インディペンデンスは夜間の作戦活動から昼間作戦活動に移動し、ルソン島の日本軍拠点を攻撃した。10月初旬にウルシー泊地で補給を受けた後、10月6日に沖縄攻撃に向けて大規模な配置替えが行われる。その後空母部隊は沖縄、台湾、フィリピンに対して攻撃を行った。日本軍の航空反撃はインディペンデンスの艦載機による昼間攻撃および夜間偵察、攻撃によって撃退された。

空母部隊は10月23日にフィリピンから東に向けて出航した。後にロバート・カーニー提督が「壮大な規模の何かが進行中だった」と回想したように、アメリカ軍の攻勢は明白な物であった。ボーガン少将指揮下の第38.2任務群に属するインディペンデンスの航空団は10月24日のシブヤン海海戦で栗田艦隊に対して攻撃を開始する。インディペンデンス艦載機を含むアメリカ軍部隊は戦艦武蔵を撃沈し、巡洋艦を航行不能とした。

その夜、ハルゼー提督は小沢艦隊捜索のため第38任務部隊を北方に転換させるという重大決定を行った。インディペンデンスの夜間探索機は26日の夜明けまでに日本艦隊と接触し、空母部隊は総攻撃を開始した。レイテ沖海戦後半の戦いで、日本海軍の空母4隻は全て沈められた。一方スリガオ海峡海戦でアメリカ艦隊は多大な戦果を挙げた。激戦の終了は同時に日本海軍の終焉も意味していた。インディペンデンスは航空偵察と、フィリピン攻撃を行う第38任務部隊への夜間航空援護を継続した。これらの作戦活動でインディペンデンスは空母部隊の前進に大きく寄与した。

インディペンデンスはウルシー泊地に帰還し、11月9日から14日まで遅れた休暇と補給を取る。しかしながらすぐにフィリピン沖での夜間攻撃と防衛作戦任務に就く。作戦活動は1944年12月30日まで継続し、その後ウルシー泊地で配置転換がなされ再び北方に移動する。1945年1月3日から9日までルソン島のリンガエン湾上陸を支援し、その後ハルゼー提督は艦隊を南シナ海に向ける。部隊は台湾、インドシナ、中国本土の日本軍基地を攻撃した。フィリピンの戦いをめぐるこれらの支援作戦は、空母の夜間活動の終了を示すこととなった。インディペンデンスは1945年1月30日に修理のため真珠湾へ向かう。

インディペンデンスはウルシー泊地に1945年3月13日に帰還し、翌日には沖縄に向けて出航する。3月30日、31日には侵攻前の空爆を行い、4月1日の攻撃では補給施設と航空機を破壊した。日本軍の絶望的な抵抗に対し、インディペンデンスの艦載機部隊は多数の敵機を撃墜した。インディペンデンスは6月10日まで沖縄水域に留まり、その後レイテ島に帰還した。

1945年7月から8月にかけてインディペンデンスは日本本土に対する最終攻撃に参加、8月15日の日本降伏後は艦載機による捕虜収容所の捜索飛行を継続し、上陸部隊への航空支援を行った。インディペンデンスは9月22日に東京湾を出港し、サイパンとグアム経由で10月31日にサンフランシスコに到着した。

クロスロード作戦で炎上するインディペンデンスインディペンデンスはマジック・カーペット作戦に参加し、1945年11月15日から復員兵輸送に従事する。1946年1月28日にサンフランシスコに到着、その後ビキニ環礁での原爆実験、クロスロード作戦の目標艦に指定された。7月1日の爆発、ABLEでは爆心地から1.5マイルの地点に係留されたが沈没せず、7月25日の爆発、BAKERではインディペンデンスはクェゼリン環礁に係留された。インディペンデンスは1946年8月28日に退役し、放射能に汚染された船体は真珠湾、サンフランシスコに運ばれ調査された。船体は1951年1月29日にカリフォルニアの沖合で兵器実験に供用され沈没した。

インディペンデンスは第二次世界大戦での戦功により8つの従軍星章を受章した。

2009年03月22日

ケーディー(Kadee Quality Products Co.)

ケーディー(Kadee Quality Products Co.) はアメリカ合衆国のオレゴン州White Cityにある鉄道模型メーカーである。連結器(カプラー)によって知名度は高いが、鉄道車両(模型)やアクセサリーも生産している。なお、この項目ではマイクロトレインズ社についても解説する。

ケーディー社は1947年にマグネマチック(Magnetic)カプラーを発売開始した。 このカプラーは形態が実物の自動連結器に良く似ており、実物同様にナックルが開いて連結する事が出来る。また、カプラー下部のアームを磁力で操作する事によって解放する事が出来る。 その他に他の模型用連結器に無い特徴として、DU (Delayed Uncoupling 遅延解放) が可能である。これは、アンカプラー(解放器)上で一旦解放した後にナックルが開いたまま押す事によって突放操作が可能となる。 このDUを使う事で入れ替え運転が大変やりやすくなる。形態と機能によって米国で一躍鉄道模型用カプラーのトップブランドとなった。

カプラーのラインナップはHOゲージを中心として、Gゲージ、1番ゲージ、Oゲージ、On3ゲージ、Sゲージ、HOn3ゲージに至る幅広いラインナップである。様々な車両に取り付け出来る様にカプラーポケットなど多くの種類が有る。
サイコロ セリクー クイズ ビアンコ ナビ淡竹 チャーイ バッスル グリーン ナルコ スランプ カナメモチ しおで 満月アナタ ジバン フィーバ ジーメン コシア 虹の橋 透明人間 アスキー プラスタ パイプオ ゲスケル 鯉のぼり ガラシ シーリング スイート ハネムーン 北の旅人 ワイファイ スキッド ビンゲン ション マサキ トンキロ レシー サヘル スリット レッシブ ナイス ブローチ フレー リスト ナビメリノ ジャズ フェンス りっさ サード だむら ターゲット


車両 [編集]
古くから販売されていたのはHOゲージ森林鉄道用の貨車キットである。運材台車やログカー(運材車)、2軸のカブースなどのデティール豊かな物でもちろんケーディーカプラー付きである。その後はHOゲージで貨車の完成品も販売を始めた。

アクセサリー [編集]
ケーディーカプラー専用アクセサリーとしては、永久磁石または電磁石を用いたアンカプラーやカプラーの高さを測るハイトゲージなどが有る。 その他台車や積荷などのパーツやレールスパイク用品など色々販売している。

マイクロトレインズ社 [編集]
以前にはNゲージ用カプラーもケーディー社から販売されていたが、1990年にマイクロトレインズ(Micro-Trains)に分離した。マイクロトレインズ社ではNゲージ、Zゲージ、Nn3ゲージとカプラー以外のH0n3ゲージを扱う。 N、Z用のカプラーだけでなく車両もアメリカ型を各種完成品で販売している。HOn3とNn3は貨車のみ、N、Zは機関車も作っている。Zゲージではストラクチャーや線路も作っている。

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